ワクチン接種の「知らないと不都合な真実」 4/30

ワクチン接種の「知らないと不都合な真実

日経ビジネス  4/30(金) 

 

 2020年5月27日掲載の、米国在住のウイルス免疫学者、峰宗太郎先生に「緊急事態宣言解除『現状で確実に言えること』を専門家に聞く」ことから始まった本シリーズ、あれからほぼ1年が過ぎました。昨年末には連載をまとめた新書を出すこともできました。ご愛読に深く感謝いたします。

 

 さて、残念ながら新型コロナ禍はまだ収束していない、どころか、年末年始の第3波以上の「第4波」の到来がまさに始まっています。

 いったいいつまで続くんだ――。「うちの国は、どうにもこうにもうまくいっていないんじゃないか」という気分が自分の中にもあり、そういう意識でニュースを見ていると、ますますイライラが募ってくる。

・緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が何度も「場当たり的」に出され、効果が薄れ     ている。
・先進国なのにワクチンの接種率が低い。接種の仕組みも整っていないらしい。

 我々の中にこうした不安、不信がわだかまりつつあるのもやむを得ないと感じます。

 だからこそ今、「現状で確実に言えること」を、改めて峰先生に聞いてみたいと思いました。

 不安や怒りから曇ってしまった眼鏡を拭き直し、クリアな視界でゴールデンウイークを過ごし、ひと休みして冷静に(最近は「chill(チル)」とか言うらしいですね)なれたら、と思います。それではどうぞ。

(ちなみに峰先生インタビューの前回は、関連記事「ワクチン接種開始、デマ情報へのささやかな対策」参照)

●これって「うにゃうにゃ」の「う」ですよね

――日本にとっても世界にとっても、新型コロナウイルス(正しくは「SARS-CoV-2」)との戦いは未知のことが多い。対策が緩すぎるかキツすぎるかもやってみないと誰にも分からない。なので、熱すぎずぬるすぎずのいい感じの湯加減をつかむために、とにかく試してみて、マズそうだと分かったらさっとやめる、その繰り返し、「うにゃうにゃ試す」ことが必要――と、峰先生は昨年おっしゃっていました。

 言われてみればなるほどそうだなと思って、新型コロナ対策のドタバタも冷静に受け止めないと、と自分に言い聞かせてきたんですが、第4波と3回目の緊急事態宣言で、いよいよ「本当にこれで大丈夫なのか?」と感じるようになりまして。

峰 宗太郎先生(以下、峰):はい、なるほど。

――で、峰先生から見て、日本のこの1年間は「うにゃうにゃ試す」ことができていたんでしょうか。というか、これが「うにゃうにゃ試す」ことだったんでしょうか。感染拡大防止で名を上げた台湾、韓国、ニュージーランド、ワクチンの接種が絶好調のイスラエル、そして英国、米国に比べたら、現状は「行き当たりばったりの積み重ねの結果」のように思えるんですけれど。

峰:現状そのものをどう評価するかというより、これまでの経緯を評価するとどうなんだ、ということでいいですか。

――はい、まずそこから入らないと、このモヤモヤした気持ちの行き場が見つからなくて。

峰:Yさんのモヤモヤ解消になるかどうか分かりませんが(笑)、自分の評価としては「うにゃうにゃ」の「う」で止まっちゃったかな、と思います。

――うにゃうにゃの「う」?!

峰:はい。最初の分科会、専門家の委員会が世界に先駆けて「3密回避」、混雑した環境での飛沫感染を避けることが感染拡大防止に重要だ、という、経験と情報が積み上がってきた現時点から考えても正しい対策を見い出し、それを広めるという判断を行い、それに沿って対策が行われたこと、島国である程度閉鎖ができる環境であったこと、そしてなにより日本人の国民性などが幸いして、ある程度以上人との接触を自粛できたこと。これらが重なって、昨年の夏の第2波までを軽い被害で乗り切ることができました。

――それが「う」ですか。

峰:そう。始まりはもちろん大変でしたが悪くなかった。予防という考え方と行動が一定の範囲でできている状況をつくれたわけです。

 これは初動で「大失敗」した米国や英国などとはえらい違いです。彼らはリソースの多くを端から検査と隔離ばかりに振り向けてしまい、大変非効率な対策を採ってしまったこともあり、ものすごい犠牲者を出しました。日本でも多くの方が亡くなりましたが、ドライな言い方を許していただくなら、死亡者の数で言えば「国難」というレベルとは言えないと思います(4月25日時点での死者累計は日本9978人、米国57万1921人、米ジョン・ホプキンス大学、NHKなどによる)。

――うーん。

峰:もちろん、経済的な影響などまで含めれば話は別ですよ。そこは専門外なので触れずにおきます。

――分かります。だからこそ、「出足は良かったのに現状はどうなの」と思うわけですよ。対策が本格的に動き出して、わりといい手を打った。すくなくとも昨年の夏ごろまでは。そこから、対策を湯加減に例えるなら、熱いお湯を冷まし始めたわけですよね。例の「GoTo」とか。ああっもしかしてあれがミッドウェー……。

峰:個々の戦いを批判的に振り返るのも大切ですが、私は、「緊急事態宣言」という、お願いベース以上の強い方策(もちろん補償も含めて)を打てる環境整備、これをこの「小康」を得てかせいだ時期に用意できなかったことが、大きな失策ではないかと思います。

●新型コロナ対策の前提が激変した

――手持ちの対策で時間をかせいでいる間に、風呂に熱いお湯を入れる、強いブレーキを踏むための準備をすべきだった。

峰:はい。感染者が再び増えた際にどこの組織がどう動くか、そのために必要な制度は何か、国際対応、水際対策はどうするのか、といった、行政・政治面ではほとんど何もしなかったと思います。

――確かに、経済活動再開の効果極大化と、オリンピックしか見ていなかった……ような気がします。

峰:従いまして、感染症の対策の視点から言えば、生ぬるい、というか、怠慢のそしりは免れない部分があるのではないかと。それでも拡大がこの程度で収まっているのは、3密を避ける、マスクをして手を洗う、外出・外食を控える、といった、当初からの対策である基本予防策と、それをちゃんと守って努力してきた人々の力、さらには島国という幸運な条件があるゆえだと思います。

――欧米並みのロックダウンができる体制ができていれば、さらに抑え込めたかもしれませんね?

峰:それはその通りです。法律による強制力のあるロックダウンには強い感染抑制効果があります。どこまで緩めていくのかも段階的にコントロール可能です。しかし見方を変えると日本は、自粛要請という「お願いベース」でここまで感染を抑制できた。これは、他の国よりも、最初に打った予防策のピントが合っていたためだろうと思います。

――3密回避、マスクに手洗い。しかし米国には、日本より強力な執行力、強制力を持つ医療関係の行政機関、「疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)」があったわけですよね。

峰:そうです。日本よりもずっと強力な制度、リソースがあったのですが、国内の「検査して隔離」を求める声が大きすぎてそちらにばかりに力を振り向けたこともあり、大変な惨事になってしまった。広報の内容にも3密回避・人の密集を防ごう、はあまり力点が置かれていなかったですし、換気などについても触れ出すのは遅かったですね。なにより原理原則の、「げ」である、「感染は人の接触で起こる」というところへの意識の向け方が弱すぎました。

 しかし、検査の有効性うんぬんを含めてはっきり言ってこれらはもう、ある意味では過去の話です。国のリソースの割き方に関わる状況はすでに大きく切り替わりました。

――ワクチンですね?

峰:はい。ワクチン、特にmRNAワクチン(米ファイザー・独ビオンテック、米モデルナなどが開発)がロールアウト(普及)して望外の好成績が実証(※)されて以降、局面は一変しているんですね。これまでの戦いが塹壕(ざんごう)戦だったとすれば、ここから先は航空戦です。

――おお、ミリオタの私にご配慮ありがとうございます。とってもイメージが伝わります。もうマジノ線を引っ張って守る時代じゃないんだと。でも対コロナでは、例えばどんなふうに局面が変わるんでしょうか。

イスラエルでのワクチン接種についての参考記事
ファイザーのワクチンはイスラエルでCOVID-19を防いだか? 全国規模のワクチン接種でも臨床試験とほぼ同様の成績」
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202103/569508.html

●感染抑止の優等生が、ワクチン接種では劣等生に

峰:ちょっと意外な面から入りますと、これまで感染抑止の「優等生」だった国と「劣等生」だった国が、ワクチンの接種では逆転しています。

――え? ええっ、意外。台湾はどうしちゃったんでしょう。韓国もニュージーランドもこの低さ。逆に、まあイスラエルは別格としても、米英はめちゃくちゃなハイペースですね。改めて驚きです。

峰:そうなんです。台湾の政府関係者は「中国の妨害があった」などとにおわせていましたし、どこの国にも固有の事情はあると思います。背景は私には分かりません。が、感染を抑えていること、すなわちここまで「成功していた」ことが、ワクチンを急がなくてはいけないという「危機意識を弱めた」可能性はあるのではと見ています。

――うーん……。しかし、ワクチンの接種率が上がらないと、国境を開けたときにマズいことになりますよね。

峰:はい。まさしくそこです。このままだといつまでも国境を開けず、いつまでもキツイ水際対策に加え、いざというときに備えてびくびくし続けなくてはならないですね。すなわち、国際間の経済活動が復活するときに、ワクチンの接種率が低い国は後れを取ることになりかねません。

――貿易の依存度の高い国には大問題ですね……。

峰:感染抑制に「大失敗」した米国、英国がここにきて「大逆転」とも言えるような様相を見せているのも、初期の戦いで失敗したことが効いているのかもしれません。

――どちらも「最初はぼろぼろだけど、後から圧倒的に勝つ」という戦い方をした国ですよね。

峰:大失敗はしているんですが、諦めず、「最終的に勝てばいい」という、腹の据わり方というのを感じます。会社もそうじゃないかと思いますが、戦略があって、トップが本気で指導力を発揮して、国民の側に危機意識があると、状況は一変するんですね。

 トランプ大統領の時はなかなか接種が進まなかった(政権交代時で約1600万回)のに、バイデン政権になって「就任後100日以内に1億回接種」と宣言して、あっという間に達成したので「2億回」に繰り上げて、そして、92日目に2億回達成ですからね。

――うにゃうにゃの「う」で止まっちゃった我々の政府にはそういうことを期待できるんでしょうか。こういうことを峰先生に伺っていいのかどうかも分かりませんが、グチ交じりに聞きたくなってしまいます。

峰:自分の知見の範囲、客観的な材料から推測することしかできませんが、いいですか。

――もちろんです。

ワクチン接種は案外順調に進むとみています
峰:では、あくまで推測ですが、私はワクチン接種に関しては、今後、けっこううまいこと進むのではないか、と思っています。

――えっ、なぜですか。……いや、嬉しいご意見なんですが、ちょっと意外で。

峰:まず、米国のワクチン接種が山を越えて、一方でワクチンの増産が米国でもEU圏内でも順調に進んでいますので、これから域外への輸出量が増えてくる。それを受けて、供給が急増すると思われます。「ゴールデンウイーク明けくらいからどんどん日本に入ってくる」という話も、すでに公式に出ています。

河野太郎大臣のブログによると、ゴールデンウイーク明けには 1000万回分/週で輸入とのこと
厚生労働省のウェブサイト「新型コロナワクチンの供給の見通し」

 次に、昨年末に新書を出した時点で案じていた反ワクチンなどの「デマ情報」をはじめとするワクチンに否定的な情報の流通が、現状では沈静化していること。ウェビナーをやったときは、結構な大手メディアまでがおかしな情報を出していましたよね。医療関係者などからの抗議や反論、そして地道な情報提供がなされ、そしてなにより、肝心のワクチン、特にmRNAワクチンの実績が素晴らしく、予想外の副反応が起きていないことが大きい。

――リアリティがある悪い噂の立てようがない。

峰:日本でワクチン接種がモタモタして本格的に始まらない間に、デマ勢力が自壊してしまった感じです。

●「変異ウイルス」対策への誤解

――変異ウイルスの出現もありましたが、これは「新型コロナの変異は『当たり前』の話、騒げば騒ぐだけ損」(関連記事参照)ということでよろしいですか。

峰:はい。mRNAワクチンの有効性は論文で確認されましたし、我々がとるべき予防手段はこれまでとまったく変わりません。前にもお話ししましたけれど、ウイルスは「何もしなくても、そこら辺の空間で勝手に変異する」わけではないですよね。

――え? あー、そうそう、増殖するときに変わる、つまり「子どもが生まれる」ときに変異が起こるんでした。

峰:その増殖はどこで起きますか。

――……ヒトの細胞の中でしたよね。

峰:ということは、ウイルスにやっかいな変異を起こさせないためにはどうすればいいですか?

――感染者を減らせば、変異が起きることも抑えられる?

峰:そうです。増えるときにしか変異できないのだから、増やす機会を減らせばいい。

 つまり、「変異ウイルスだ、ワクチンが効かないかも(効くんですが)!」と騒ぐのではなく、 「ワクチンで感染者を抑えれば、変異も自然に起こりにくくなる」と理解するのが正しいんですよ。

 そして、それよりも大事なことは、基本的な予防策をとって接触を抑制すれば、変異ウイルスだろうがそうでなかろうが関係なく防げる、ということです。

――「変異が、変異が」と毎日目にすると、ワクチンで大丈夫かと不安になるけれど、むしろ、こじらせないうちにさっさとワクチンを、という話なんですね。これも正しく認識すれば、接種への追い風になる話だと。

峰:はい。そして、不謹慎ではありますが、「第4波」が現れたことで、「もう本気でなんとかしないと。腹くくって終わらせたい」と、危機感、うんざりした気分というのが、ワクチン接種を後押しするのではないかと思います。

●もたついている間に接種への環境が整ってきた

峰:多くの方は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置、自粛、検査と隔離などの基本予防策も、あくまでもウイルスの流行を防ぐ防波堤のようなものであって、根本的な解決策ではないことに気づいたと思うのです。ワクチンは人の状態を免疫がある状態に変えますので、これは根本的な解決策につながる、という意味においても別格です。そこに気づいている人が増えているのはとても良い傾向だと思っています。

――ツイッターで「ワクチン打ちにアメリカに行きたい」というつぶやきを見ましたっけ。

峰:ですよね。飲食店やイベントをはじめとして、経済をより自由に回すには、結局ワクチンの接種率を上げていくしかないんだ、という理解と、現状へのうんざり感が、接種への追い風になるんじゃないかと。

――そうお聞きしていると、案外、日本はいろいろ運がいいような気がしてきました。

峰:でしょう? 実はそうなんですよ。

超過死亡の減少を胸に、「次」を考えよう
――意図的かどうか分かりませんが、ある意味「無策」でもたついている間に、反ワクチンが自壊し、接種を求める世論が強くなり、供給量が増えて、言い方はものすごく悪いですが他国でのワクチンの「実験」が進んで、その結果を利用できる。しかもなんだかんだいって、ワクチンを買い込めるお金もまだ持っているくらい豊か。そんないいところ取りのポジションに、もしかしたら立っている……のかもしれないですね。ただ、供給が潤沢になったとして、問題は接種の仕組みがうまく動くかどうか、ですが。

峰:そこはYさんが直に取材されたほうがいいでしょう。自治体によってものすごく差があるようですが、東京の現場で先端的な仕組み作りをやっている方がいますよ。まだメディアには出られていませんが、ご紹介しましょうか。

――あ! ぜひお願いいたします。

峰:と、ここまでの「無策」ぶりはもちろん褒められたものではないと思います。が、じゃあ世界の他の国はどうなんだと見てみると、どこも大変なことになっていたわけです。米国にしても、大量のワクチンが無駄になったこともありましたし。

――なんだか、世界の中で日本だけダメなんだ、みたいな気がしていたんですけど。 峰:それは比較によるわけです。何をもって対コロナ禍の実績を評価するか。例えば死亡者の数で言ったら、「劣等生」と言わざるを得ない英米や欧州各国と、「優等生」である台湾、韓国、ニュージーランドに分けたら、日本はとても優等生に近い側にいる。一方でワクチンの接種率で見ると、こんどは優等生と劣等生が逆転する。先進国、といわれる国が接種率では優等生なので、そこも悔しいわけですね。 ――あ、そうか。 峰:見方によって優等生グループは変わるので、そこを認識しないといけませんね。私、決して「日本万歳」論者じゃないですが、超過死亡者数で見たら日本はとんでもない優等生ですよ。 ――超過死亡。「普通の年より死んだヒトがどれくらい多いか少ないか」でしたっけ。 峰:フィナンシャル・タイムズの図が分かりやすいと思います( https://www.ft.com/content/a2901ce8-5eb7-4633-b89c-cbdf5b386938 )。 ――日本は世界ダントツのマイナスですね。新型コロナが流行した年なのに。 峰:デマに惑わされず、自分自身が社会のため、他の人のために、自らの正当な欲求を抑えて「自粛」し、マスクと手洗いを励行した結果の輝かしい実績だと思います。……まぁこの結果が逆に、「コロナは風邪のようなものだ」とか「コロナで騒ぎすぎだ」という人を生み出してしまう結果にもなっているんですけどね。

山中 浩之

 

GW明けに状況急変? ワクチン接種の「知らないと不都合な真実」(日経ビジネス) - Yahoo!ニュース

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